『スタアの恋』第三話
〜同じたくさんの中のひとり〜

川本 千尋


 すごいな藤原紀香!

 藤原紀香が「大人気なのに映画がブタコケ(こんな言葉はじめて聞きました)、しかも周りがそれを社会的にごまかそうとする、主演女優」を演じるって、これはものすごいことではないですか? いや、藤原紀香自身の映画がどうのこうのという問題でなく、役者として普通、こんな役いやでしょう? 伏線として、金田中監督がけなしていない、という逃げもあることはあるんですが、それにしてもすごいぞ藤原紀香。公式サイトの日記を拝読して、ただものじゃないなあ、と思っていたけれど、本当に根性の座った女優さんですね。日記でもヒカル子という役への取り組みをファンに見せてくれる、その見せ方がとても頭がよくてしかも好感が持てる。ただもんじゃないな、藤原紀香。

 桐島ヒカル子と藤原紀香自身はまったく違う人格だとわかってはいますが、同じ「女優」という職業、これはセルフパロディですよね。クサナギツヨシはチョナン・カンでセルフパロディに挑戦しているし、この主役コンビ、相当すごい人たちです。

 さて、いきなり名指しして失礼ですが、ぴあそらさん! わたしも大好きです! ビリー・ワイルダー。ジャック・レモンが大好き、と言った方がいいかもしれません。
 このドラマの設定を聞いた瞬間に頭に浮かんだのは『ローマの休日』でも『ノッティングヒルの恋人』でもなく、『アパートの鍵貸します』でした。

 以下『アパートの鍵貸します』の内容に深く触れます。これからご覧になる方は飛ばしてください。
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 冴えない独身サラリーマン、バクスターと、彼の働く大会社のエレベーターガール、フラン。フランは輝くスタアではないけれど、エレベーターガールや受付嬢と言えばそれなりに美人でスタイルもよく、ある意味社内のアイドル。出世と縁のなかったバクスターに、とんでもないチャンスが降ってきた。妻子持ちの上司が愛人との情事の場所を探しており、彼のアパートを貸してくれれば出世を約束する、と言ってくれたのです。そりゃあもう、ほんの数時間家を出てバーでも行っていればすむこと、それで出世できるなら御の字!というわけで、バクスターはこの約束にのりました。始めてみれば、約束の時間に出てくれるわけもなく、次から次へと口コミで「顧客」が増えて風邪をひいても自宅に帰れない毎日……。でも、そこを我慢していよいよ出世! 憧れのフランに声をかけるバクスター。清楚を絵に描いたようなフランへの思いはふくらむばかり。
 しかし。
 彼のアパートで上司とデートしている不倫相手は、フランだった。それを知ったバクスターは大きなショックを受け、投げやりになってしまう……。
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 実は、この映画が思い浮かんだのは今回が初めてではありません。  もしもこのエレベーターガールが受付嬢だったら、ちょっと『成田離婚』。夕子の不倫は一朗と出会う直前に終わっていましたが、過去の不倫が一朗にバレるキッカケとなる小道具はレコード。『アパートの鍵貸します』ではコンパクト。小道具の使い方、どちらもステキです。

 物語のどの部分を切り取ってふくらますか、それによってテーマも変ってゆきます。バクスターにはひとつ、澱のように心によどむ「正義に反すること」がありました。それは、出世のために人としての道を踏み外していることです。大好きなフランが傷ついている。その手助けをしている自分、しかも出世のために。出世したら彼女を幸せにできると信じていたのに。

『アパートの鍵貸します』のバクスターは、平凡な日々、何もない日々、誰のためにも役立たない代わりに誰も傷つけることない日々の中でどこかに置き忘れてきた正義感と向き合います。そしてバクスターは出世を捨て、フランへの思いも振りきる。

 『スタアの恋』で、不正義に気づいて恥じるのはヒカル子でした。コマーシャル6本と来年の大河を捨てても本当のことを言いました。でも今は、それだけのこと。人間としての小さな一歩を踏み出しただけ。

「普通の人は、自分のような芸能人を特別な、とんでもない距離のある人間だと思っており、真面目で誠実で、安い居酒屋で安い酒とつまみで楽しく会話をし、小学校で先生にいろんなことを教わり、嘘をつくのはいけないことだと思っているけど、他人のために何かをしてあげる優しさを持っており、恋人ができると土手でサンドイッチを食べ、好きだから結婚する」

 ヒカル子はそれを学びました。
 草介と、そしてサンマルコハムの同僚たちはあくまでそれを教えてくれた人であり、自分がなぜか草介に興味惹かれるのは

「自分と違う世界の人だから。自分の知らないことを教えてくれた人だから」

 であり、別に草介でなくてもよかった。草介以外の一般人もみな、誠実で真面目で嘘が苦手で優しくて、ヒカル子にヒカル子の知らないことを教えてくれる。草介以外の他の一般人もみんなそうなのだ。

 ホテルの部屋から草介が消え、三枝が衣装を届けにきた直後に崩れたカードタワー。それを見て自分の心の中でざわっ、と動いた何かの気持ちを、ヒカル子は「一般人に、今まで知らなかった素晴らしいことを教えてもらった、一般人だから新鮮で楽しい一夜が過ごせた、他のどの一般人でもよかったけど、たまたま草介だっただけ」そう思いこませているように見えました。

 かたや草介にとっては、スタアと恋をするなんてあり得ない。スタアと恋をするどころか、自分の日常に変化が起きるなんて考えられない。自分の想像を超えたことなんて絶対に起きない。宝くじは当たらないし、本社に抜擢されることもないし、人間関係はごくごく身の回りで展開し、奇跡のような出会いなんて絶対ない。

 草介にとって、恋愛は結婚につながる。本当に好きになったらその人と結婚したい。どう考えても桐島ヒカル子と結婚できるわけがない。結婚していいわけがない。だから好きになるような対象ではない。ホテルの部屋で「体中が心臓になったみたいに、ドクン、ドクン」ってしたのは、大スタアの入浴姿を見ちゃったからだし、すぐそばで無防備に寝ているからであり、ほっぺにチュッ、なんてされちゃったからであり、いやーーー、これは好きなんてそんな気持ちとは違う違う、絶対違う、違うに決まってる! がんばってうち消す。

でも間違いなく惹かれている。

 そして会見場。本当のことを言ってしまったヒカル子に、立派な会見でした、と告げ、そして、映画の不入りを隠していたことを謝る三枝。泣けました。これがもう、一番の泣き所かも。三枝という男も素晴らしいし、そう、ヒカル子の周りはみんな嘘をついていた。でもそれは、少なくとも三枝と瀧川社長は、ヒカル子を守るために嘘をついていたんだ、傷つけたくなくて嘘をついていたんだ、芸能界では日常茶飯事の「嘘は挨拶がわり・ヤラセは演出のうち」の嘘ではなかったんだ、と、ヒカル子と視聴者にわからせてくれました。「嘘をつくのはいけないことだ」。それを知っていたのは草介だけではなく、三枝も、社長もなのだと。ただ、芸能界ではあまりにも「嘘」が当たり前だっただけなのだ、と。ほら、やっぱり、草介だけが自分にとって特別な人じゃない。三枝も社長も、嘘がいけないのはちゃんとわかっていた。でも、ヒカル子のために嘘をついてくれていた。一般人との運命の出会いなんて、そんなものないわ。……と明るく前を向きつつ、口をついて出るのは草介から教わった言葉(笑)。

 だから次週につながるんですよね。

 ホテルの一夜、ヒカル子と草介は互いに惹かれあった。でもその思いは「この特定の一人の人への恋ではなく、自分とは違う世界にいる人の」草介の場合は誠実さと優しさであり、ヒカル子の場合はマスメディアで見る顔と素顔のギャップと孤独。心動き、明らかに惹かれるけれど、それは、「この人」個人へのときめきではないのだと、互いに自分に言い聞かせて別れてゆく。

 うーわー、なーけーるー。っていうか泣いた泣いた、もうどうしようもなく泣けちゃって。ホテルのシーンからあと、泣きっぱなし。ああ一人で見てよかった(笑)。

 どこにでもいる、他の一般人と同じ一般人の中田草介。でもね、ヒカル子さん、草介との出会いはやっぱり、運命なんだよ。それにヒカル子さんがいつ気づくのか、気づきそうになってはどんな事件が起こるのか、とにかくもう楽しみで楽しみでしかたありません。

   実は『アパートの鍵貸します』以外にもうひとつ、最初に設定を聞いたときに思い浮かんだ映画があります。同じくジャック・レモンの『幸せはパリで』。『アパートの鍵貸します』から約10年後の作品です。レモン演じる主人公も若手ではなく、くたびれた中年。「運命を信じる?」「いいえ」なんてセリフもあって、オシャレなんですよ、これが。
 以下『幸せはパリで』の内容に深く触れます。これからご覧になる方は飛ばしてください。
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 平凡なトレーダーのハワードが社長直々に抜擢されて出世のチャンス。社長の豪華マンションで開かれるパーティに招待され、そこで出会う社長夫人との道ならぬ恋。幼稚園の学芸会で王子さまの役をやった。魔法使いにカエルにされてしまって、最後、お姫様のキスで王子に戻るのだけど、お姫様役の女の子がカエル姿にビビって舞台を降りてしまいキスはパー。それ以来、40代後半の今まで、ボクはずっとカエルなんです……というハワードに、社長夫人カトリーヌがキスをする。あなたはこれで王子さまよ。そこから始まる物語。
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 『幸せはパリで』は天下の美女カトリーヌ・ドヌーブがはじめて主演したアメリカ映画。それまでフランス語しか喋ったことがない彼女が「アメリカ人の大富豪の社長と結婚して渡米して2年目」というたどたどしい英語も初々しく、ただひたすらお人形のように美しい。感情の面でももうひとつ気持ちが出てきません。だから達者なジャック・レモンがひたすら喋り、彼女はほとんど喋らない、という作りになっています。このあたり、一話のヒカル子と草介を思わせますが、第三話の今や、ヒカル子さんはお人形ではなく、一人の女の子である一面もきちんと出してきました。もう草介の一人喋りはなくなりそうで、早く先が見たい! そしてやはり、2時間3時間の映画ではなく、1時間×11回=11時間見られる喜び。連続ドラマの醍醐味です。紆余曲折をたっぷり描いてほしい!

 ……と、あらすじだけを楽しみに買った二週分のテレビ雑誌。『スタアの恋』だけ第5話が「未定」になってました。み、未定って、本当に撮って出しなんですね。時間はかけないよりかけたほうがいい。でも、時間をかけたからいい作品になるとは限らない。現状の藤原紀香とクサナギツヨシでドラマを作るなら、時間のなさは覚悟するしかありません。ギリギリのところで、最後まで作品のレベルを落とすことなく、頑張ってほしいです。スタッフもキャストも。これ、きっと名作になりますから。

 ホテルでトランプをするシーンは『アパートの鍵貸します』でジンラミーをするシーンに重なり、第二話のパーティに場違いな草介が入り込むシーンは『幸せはパリで』の冒頭シーンに重なるのですが、もうね、あの有名な『卒業』のラストシーンだって『或る夜の出来事』からいただいたシーンなんですから、どれだけシナリオに人物が描けているか、それを役者が表現するか、それを演出家がひっぱりだすか、そして気持ちよく編集するか、できあがったものが見てる人の共感を得るか、そこが勝負ですから……。ちなみにわたし、『やまとなでしこ』は大好きでほぼ全話見ました(笑)。
 ところで『幸せはパリで』ではカエルのぬいぐるみが重要な役目を果たします。でも、たぶん、『スタアの恋』のブタのキーホルダーの方がドラマチックに役立ってくれるんじゃないかなあ。

 それにしてもヒカル子の純粋培養ぶりはどうでしょう。小さい頃から家庭教師が現場に来てくれて小学校もほとんど行ってないなんて、美空ひばりの時代みたい。
 第三話で事務所の瀧川社長と三枝がどんなにヒカル子を大事にしているか、がハッキリ見えてきました。どんどん妄想が走っちゃうんですけど、もしかしてヒカル子の両親や親族が彼女を食い物にしようと暴れ回り、瀧川社長の父親である先代が芸能界の荒波だけでなく、両親や親族からも守ってきたんじゃないかしら? でもってそのへんにはちゃんとそれなりのお金を払って、ヒカル子を利用したり生き血を吸うような真似だけはさせない、そのためにも家族からスッパリ引き離し、そりゃあもう文部省にも厚生省にも手を回しつくして学校に行かずにすむよう完璧な手配をし、そのかわり教育をきちんと受けさせる手だてにはいくらお金を使ってもいいというほどに手を尽し、子供の頃からヒカル子の姉代わりのように付き従ってきた翠は初代亡きあと、同年代で懐刀の三枝とともに父の遺志を継ぎ、芸能界を家としてヒカル子を育ててきたんだわ。ヒカル子にとって、翠は姉で三枝は兄なのね。でもその兄は、ヒカル子に密かに思いを寄せているんだわ。大変! 草介の最大のライバルじゃないのっ!

 誰かわたしの妄想を止めてください。

 ただ、数々の作品に出てきたにしては、このヒカル子の「人の心のわからなさ」がもひとつわからない。まともな作品に出ていたら、自分は体験していなくても人の心はもっとわかるような気がするんですが、もしかしてお手軽に人気はとれるけれど作品としてはろくでもないドラマや映画にしか出てないのかしら。それとも、まともな作品でも形とテクニックだけでこなしてしまい、それでもじゅうぶん見る人の心を打ってきてしまった、そういう意味で天才的な女優なのかしら。
 このあたりの謎が解けるといいなあ、なんて楽しみも次回以降にあります。


 そしてクサナギツヨシ。ああクサナギツヨシクサナギツヨシ。


 ちょっとクサナギツヨシの中田草介に関しては、思考停止に近くなっておりまして、うーん、反省。ただひたすら、いい奴なんだなあ、泣けるんだなあ、切ないんだなあ。他にどこから言葉を探してこよう。

 第一話の携帯電話でふられるシーン、第三話のホテルのシーン。
 絶品。
 ふと群衆に気づいて、気づかぬヒカル子の代わりに小さく手を振るあの振り方、皇太子殿下を思い出してしまった……。
 第三話には出てこなかった、ロングショットの草介。少し猫背でちょこちょこと歩く、あの情けなさ。第二話では、少し歩き方が違うシーンもありました。ちょこちょこではなく、少し歩幅が広くなってる。ただ歩いている。でもそこに、草介の複雑な心境が現れていて大好きなシーンでした。引きのショット、うまく使っていろいろ見せてもらいたいです。全然意味は違うんですが、『蒲田行進曲』のとき、最後列で見ていて伝わってきたものはなんだったのか。ロングショットを見ると、あのときの気持ちを思い出します。けっして同じものではないのですが。

 掲示板でnaomiさんがお書きになっていた「あれは蒲田行進曲のクサナギツヨシ?」という問いかけに、うまく答えられないのです。少なくとも、蒲田行進曲でクサナギツヨシは、とてつもない宝ものを手に入れました。その宝ものが、今回生きているのは間違いありません。でも、蒲田行進曲のクサナギツヨシは蒲田行進曲のクサナギツヨシ、としか言えません。ごめんなさい。

 あとは……なんだろう、そうだ、草介のアパートってフードファイトの満のアパートに似てるなあ、ヒカル子がやってくるところ、冴香がやってくるところに似てたなあ、そう言えば麻奈美と恋人になる前にはじめて一緒に入った外食の店、お好み焼きだったよなー、思えば満も個人的にはめっちゃカッコイイし登場人物みんなステキだったよなー、あの台本さえまともな日本語だったら、って、だから今その話は関係ないんじゃないのか。あ、もうだめだ。完全に混乱しています。

 第四話までに、もう少し頭を整理します。それまで何回見直しちゃうんだろう。
 とっちらかったまま、今回は以上。



 と書いたあとで、何回目だ? また見直して泣いて、自分の書いたものを読み直しまして、この大バカものっ! バカっていう奴がバカなんだ! それ自分じゃないか結局! 書いたつもりであまりにも大切なことを書き落としていたので書き足します。

 なんてかわいいんだ藤原紀香。なんてうまいんだ藤原紀香。
 草介とヒカル子、三枝とヒカル子。
 ヒカル子、やはり素晴らしい感性の持ち主なのに、フタをしていたんだなあ。
 知らなかったと彼女はいうけれど、きっと知らなかったのじゃない。
 自分の心のフタを、開けてなかったんだ。
 開けてくれたのが草介だったんだ。
 でも、それにまたフタをするんだ。
 ヒカル子の切ない心に、再び三度、ボロ泣き。


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