「フードファイト第九回 感想」
〜虎の穴はそこにある〜

川本 千尋


もう、どうしようもなく、やられました。クサナギツヨシに。
大食いドラマなのに、荒唐無稽なのに、痛みと死の恐怖をこらえながら戦う、ったって、ただ食うだけなのに、やられました。この人はどこから、こういう表現を持ってくるのだろう。満という人間の哀しみも無念も感謝も希望も、どうしてこんなにまるごと伝わってくるんだろう。しかもそれが、変わってゆくグラデーションまで全部。

「これ俺の胃なの」

レントゲンを見せられての、なんでもない一言。その一言から始まる、彼のショックと葛藤が鮮やかに浮かび上がる。喜怒哀楽の激しい表現はある程度予想がつくものですが、クサナギツヨシの、ほとんど感情を見せない表現のバラエティには毎回驚かされます。同じ無表情なのに、その後ろにあるものの違いが見える。怒りなのか、哀しみなのか、ショックなのか、喜びなのか。

クサナギツヨシ中心で見ているから彼のことばかり書きますが、本当に、役者すべてが素晴らしい。愛しい。このドラマ。

このドラマが始まるとき「これはタイガーマスクです」という制作側の言葉を聞きました。
確かに設定と構造はそっくり。
でも、肝心なものがひとつ、見つからない。それは、伊達直人が地獄の修行をし、そこから脱出してきた“虎の穴”。これがなけりゃタイガーマスクじゃない、とさえ思いました。満は最初からチャンプで、如月医師は「お前は生まれついてのフードファイターなんだ」なんて言うし。未だにどういう生まれついてなのかは明らかになっていませんが、最終回で教えてもらえるのでしょうか。

しかし、よく考えたら虎の穴はあったのですね。ドラマ(シナリオ)そのものが虎の穴でした。このドラマの役者たちは地獄の修行をしています。ここまで毎回の試練に打ち勝ってきたチームワークは、ただならぬものがあるだろうと想像します。

折り返しの頃の雑誌インタビューで、「9話で大活躍する。歩がいきなり王手、みたいな(笑)」というようなことを話していた筧利夫。歩がいきなり王手。まさにその通りの展開。ほとんどまったく語られることもにおわされることもなかった如月鋭一という人物の背景を、たった一話で全部見せる。「こんなやつぁいねえよ!」と言おうとしても迫力に負けて言えない大活躍はもう、さすがとしか言いようがありません。受けて立ったクサナギツヨシも、もちろん全然負けていないから、きっちり話が浮かび上がりました。如月偽医師のしんどかった半生。誰にも好かれず、ひねくれたまま生きてきた子供。自分を罰しても罰しても、よけい辛く、悲しく、何もいいことがないのに、そんな生き方しかできない。……ドラマ前半の如月医師はそんな人には見えませんでしたが、前半の満だってカルロスの言葉だけで揺らいでしまうような人には見えなかったんだから、しかたないですね(笑)。

佐野史郎、筧利夫。本来本格派の役者さんですが、怪優の香りも強く持つこの二人が、普通の役柄のわけはない。となると、ほとんど弾けてない佐野史郎さんがどんな弾けっぷりを見せてくれるのか? 残り2話となって、ひたすら楽しみです。

それにしても、ぜいたくな作りです。佐野史郎や筧利夫をキャスティングしていながら、最初の4話なんてほとんど捨て話と言ってもいいほどの手抜き(笑)! 今となってはそれもすべて計算であったことは明らかです。

★前半笑わせるのも泣かせるのも中途半端、話は混戦模様、中身はスカスカにしておいて、後半いきなりドラマとして展開してゆく。
★テレビ的にカッコいいヒーローのイメージがないクサナギツヨシを、まず、ギャグと下ネタまみれにして落とすだけ落とし、後半、満を持した新境地コメディリリーフ・田辺誠一の登場とともに対照的にクールな役柄に転換してゆく。
★クサナギツヨシと佐野史郎、クサナギツヨシと筧利夫の真剣なやりとりが見たい、という希望には扉を閉ざし続け、ラスト数話でいきなり大放出。

なんという落差。ここにきて怒濤のテンポアップと密度の濃さに圧倒されつつ、続けて見ている人にとっては、その落差が一層快感となります。

伏線は、ない。一切、ない。一話終わったら、次にそれをひっぱることは、ない。それを視聴者にこれだけ刷り込んだドラマも珍しい。でも……それさえもしかしたら、仕込みだったのか? 

というのは、ラストのレントゲンがわからないっ!! これだけ怒濤の展開を役者たちが演じきってきて、最後にあのレントゲンを出したのはなぜっっ?? 「宇宙に神秘はつきものだ」だけで、「それだけかーいっ!」と叫びつつも、「そうだな、満なら希望を持つだけで胃潰瘍も治せても不思議はないな、そうだそうだ」と納得させる演技を、クサナギツヨシも、筧利夫も、深田恭子も、宮沢りえも、佐野史郎も、忘れちゃいけない秋葉まなとも見せてくれたじゃないですか? ここまで役者を信頼、というのも悔しいんですが(笑)、キャスティングと使い方は100点満点で500点いってんじゃないかと思うほどなのに、ここだけポツンとまるでクサナギツヨシを信用していないようなシーンを加える必要があるのか??? 日本語の扱いについては未だに「おいおい」なところがたくさんありますが、役者の使い方に関しては最高にいい仕事をしているこのスタッフが?

もしかしてあのレントゲンは、麻奈美の電話の後、3ラウンド直前に誰か(誰だよ)から渡されたものだったのか? その誰かが明らかになるとか? そういう意味で、最終3話はまだまだ「歩がいきなり王手」や「ペットボトルのフタがいきなり王手」(参加してないじゃん!)も含めて、ストーリー的にも一話完結を破った通しテーマが見えてくるのかも……と期待しています。ああ、期待しちゃってます、悔しい(笑)! とにかく、むちゃくちゃなパワーがある。役者のパワーはもちろんですが、11話通して見たとき、初めてストーリーの持つパワーに驚くのかもしれません。ずるい。本当にずるい。ずるいぞー(と言いつつ口調はやさしい)。

孤児院出身者、戦って賞金を得る、匿名での寄付、手段を選ばず勝ちに来る挑戦者、孤児との友情、ほのかな愛、等々……。
漫画『タイガーマスク』と同じ設定。
金持ちが貧しい若者を戦わせ大金を賭けて楽しむ闇賭博で賞金を得る、賞金は大切な人を救うために匿名で送る、仲立ちは親友のセコンド、賭博の主催者側には謎めいた美女、セコンドの秘められた過去、終盤セコンドが裏切りかける……等々。
映画『ライオンハート』と同じ設定と主題歌のタイトル。
終盤ボロボロのからだで戦う主人公、というのも共通。

ありもののストーリーを堂々と拝借し、そこに持ち込むのは味覚のない魔術師であり、幽霊であり、大東京音頭であり、日の丸であり、宇宙の神秘であり、きっとまだまだ、最後にとんでもない隠し球。

ひとつ忘れていました。タイガーマスクは虎の穴を脱走したがために、そこからの刺客に追われ続け、戦い続けなければなりません。『ライオンハート』の主人公も外人部隊を脱走しているので、引き戻そうと追われ続けます。

もし『フードファイト』というドラマ自体が虎の穴だとしたら……このドラマがとりあえず終わっても、クサナギツヨシはパート2、スペシャル、という形で追われつづけたりして……(笑)。

別に確定した話、というわけではないけど、「次は全国を放浪する寅さん風もいいね」と、プロデューサーと企画者が話しているそうです(ニッカンスポーツ)。……おーーーーーーいっ(呆)!

  

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