『僕の生きる道』最終話

〜「死ぬのは、やっぱり怖い」〜

湯山きょう子

最終回を見終わって、3ヶ月以上です。
書けませんでした。
書けませんでした。

見事に決着をつけられて、わたしは書けませんでした。

最終回、ほぼすべて、じっと固まって見続けました。
よいシーンが、よい言葉が、たくさんありました。
心打たれ、涙止まらぬシーンもありました。

医師として、認められない、といいきる金田医師、
みどりを外に出し、母に頼み事をする秀雄、
息子に代わって、金田医師に必死に謝る母、
それ以上、追求しない金田医師、
秀雄の後を追う、みどり。

でも、わたしにとっての「決着」は、エンディングの最終シーンでした。

本編の、明るいエンディングに続き、秀雄の人生を振り返るシーンの数々。
そして、その最後の最後。

まだみどりと心通じる前。
ひとりベッドで、ぽっかりと目を開けている、秀雄。
死を、思う、秀雄。

怖いんです。
死ぬのは、怖いんです。
やっぱり怖いんです。
誰がそばにいても、誰がどんなにいたわってくれても、死ぬのは怖いんです。

死は、怖いことなんだよ。

それを突きつけられて、いえ、わたしは心底それを頭では理解しているつもりでしたので、余計にグサリ、と心えぐられる感がありました。

秀雄は、自分の生きる道を、最後に、みどりと歩きました。
生徒たちと歩きました。
同僚たちと歩きました。

視聴者とともに、歩きました。

5年後。何一つ代わらぬ職員室、そこに入ってくる吉田。

ああ、そうなんだ、すべてこのドラマは、秀雄の視点から描かれているんだ。
最初に倒れたとき、窓の外で合唱した生徒たち。
あの歌は、あんなに美しく、あんなにうまいはずがない。
でも、秀雄には、そう聞こえた。
秀雄に聞こえたとおりに、番組では流れた。
それでいいんだ。
だから時間の経過も、秀雄の主観でいいのだ、と。

死んだ人の主観、が存在するのかどうか、それは、存在する、という前提で描かれているのだからいいのだ、と。

時間は、客観的時間と主観的時間と、厳然と別れて存在します。

死んだら、死んだら、本当はもう、会えません。
誰にも会えません。どんなに愛した人とも、どんなに心交わした人とも、どんなに会いたい人とも、決して会えません。
自分の死後、どんなことが起きるのか、知ることはできません。どんなに知りたくとも、知ることはできません。

司馬遼太郎が、大阪書籍の小学校六年国語教科書に書き下ろした『二十一世紀に生きる君たちへ』という文章があります。司馬特有の、読みやすい、すうっと心に入ってくる文章です。ちなみに、高名な作家が教科書に「書き下ろす」のは、かなり珍しいことです。既に著作として世に出たものを再掲載、という形はいくらでもありますが。

この文章は、インターネットを検索すれば出てきますので、どこかで読んで頂けたら幸いです。

司馬は説き起こします。

わたしは歴史が好きだ。だから、歴史に出てくる人々を、両親のように愛している。友だちだ。わたしは二千年以上の時を越えて、たくさんの友人を持っている。
ただし、さびしく思うことがある、わたしがもっていないもの、君たち(小学校六年生)が持っているもの。それは、未来である……と。

わたしは、この文章が書かれたとき、まさか司馬遼太郎がこんなに早く鬼籍に入ってしまうとは思っていませんでした。だからこそ、その文章が身にしみました。

「僕のこと忘れないでください。でも、僕に縛られないでくださいね」

うまいこというね、秀雄くん。

秀雄は、精一杯、行きました。
僕の生きる道を。
みどり、という最高の伴侶を得て。

伴侶。

なんと、いい言葉でしょう。

パートナー、同居人、配偶者。

どんな言葉より、素晴らしい言葉です。


すなぎも。

橋部さんの言葉の選び方が、わたしは好きです。

すなぎも。

関東に限るかもしれませんが、この「ぎ」は鼻濁音です。

すなぎも。
すなぎも。
すなぎも。

ねぎまでも、手羽先でもダメなんです。
すなぎも、でなければ。

つぶやいて、ふっ、と微笑む言葉。

すなぎも。


唐突ですが、昭和天皇の逸話として残っている話です。
ある時、案内人とともに昭和天皇が山歩きをなさっていた。
その時、案内人がある植物を指して、「名もない花」と言った。
すると天皇は、

「この世に名もない花などないんだよ。名も知らぬ花だよ」

とおっしゃった、という。

元エピソードを調べ尽くせなかったので、ちょっと曖昧です。

いい話です。

でもあえてわたしはいいたい。

植物学者の昭和天皇には、その花の名前がおわかりだったのでしょう。あるいは、ご存じなくても、その地域で、そう珍しくない花に名前があることは自明だったのでしょう。

しかし、本当に、世界中のすべての花に、名前があるのでしょうか?

人類未到の地は、いまだに存在します。
そこに咲く花の名を、植物学者はすべて知っているのでしょうか。
と申しますか、名付けたのでしょうか?

海に潜れば、もっともっと謎がたくさんあります。21世紀の今になって、まだ人の目に触れぬ、「名のない」植物や動物が、たくさんいます。

「名もない」ではありません。「名のない」、です。
花はそれでよいのです。そもそも、名付けられたことも知らぬ、花なのですから。

人は、生まれたときに、親から名前をもらいます。戸籍に登録されます。
その名前を、特殊な理由のない限り、生涯背負って生きていきます。結婚等による姓の変更のことではありません。「名前」。親がつける「名前」のことです。

「秀雄」。

彼には、名前がありました。けれど「名もない一市井人」として「足跡を残さず」死ぬかもしれなかった。でも、彼は、名を残しました。それは、みどりの中に。生徒の中に。

名を残す、というのは、それほどたいした問題ではありません。

日々、目立たぬけれどよい仕事をして亡くなる人。
日々、誰かを支えて、亡くなる人。 けれど「名を残す」ということは、何かに通じませんか。

「後悔しない人生」に。

その言葉が、最終回でよみがえりました。
後悔しない、も、主観であります。

「あれほど立派な仕事を残して、何を後悔するのか」

といわれる人もいます。

他人にはわからぬ、家族との軋轢や仕事の失敗、自分自身との葛藤を生涯抱え込んだまま、帰らぬ人となることもあります。

しかし、どんな風に死のうとも、あとでその人を思い出してくれる人がいる。ほんの時折でよい、思い出してくれる人がいる。

これで満足せずして、何を満足と言いましょう。

思い出してくれる人も、やがて死にます。すべて死に絶えます。その時、もはや誰も思い出してはくれません。

でもそれでいいのです。そういうものなのです。

だから死ぬのは怖いのです。どんなに頭で理解しても、今、愛してくれる人がいても、怖いのです。絶対に怖いのです。

怖いけれど、立ち向かうしかないのです。

立ち向かう手段は、一つしかありません。

「今を、どう生きるか」

残り時間がわかっていようといまいと、それしかありません。

「今を、どう生きるか」「今を、いかによく生きるか」

が、すなわち、

「どう死ぬか」「いかによく死ぬか」

に通じると、以前引用したモリー先生も書いています。

今です。今なのです。結局、今なのです。そして「わたしの今」を歴史の連鎖に組み込むことなのです。名を残すことが直接の目的ではなく、自然という偉大なものの中で生きた、存在として。

秀雄は、秀雄の方法で、よりよく、ベストを尽くして、生きました。みどりという伴侶を得て。そして、自分のあとに残る人々に、しっかりと種を蒔いてその人生の幕を閉じました。

クサナギツヨシは、最後まで、秀雄にしっかりと寄り添い、みどりよりもっともっと秀雄に近く寄り添い、その最期を看取りました。


クサナギツヨシ。

素晴らしい作品で、ベストを尽くしました。
おめでとう。

次はもっともっと、上を。
わたしは、欲深です。


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